東京高等裁判所 昭和39年(行コ)35号 判決 1965年8月31日
控訴人(被告) 東京税関長
被控訴人(原告) ウエスタン自動車株式会社
訴訟代理人 片山邦宏 外三名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
被控訴代理人の主張。
(一)、大根進一は、同人に対する関税法および物品税法違反被告事件(第一審、横浜地方裁判所昭和三五年(わ)第九八五号、第二審、東京高等裁判所昭和三六年(う)第二、六六三号)につき、本件自動車の没収に代え金二、一五二、〇〇〇円の追徴判決を受けた。右追徴金額には、後記のように本件自動車に対する物品税四一三、九一〇円が含まれていると解すべきであるから、被控訴会社に対する本件課税処分を維持することは、事実上、同一物件につき二重に物品税を課する結果となる。すなわち、旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前のもの)第八三条第三項は、没収に代る追徴につき、犯罪貨物の「原価」に相当する金額を犯人から追徴する旨、同条第四項は、追徴をなす場合においては犯罪貨物の関税は犯罪貨物の所有者から追徴する旨、それぞれ規定していたが、昭和二九年法律第六一号による改正後の関税法第一一八条第二項は、没収することができないものの「犯罪が行われた時の価格」に相当する金額を犯人から追徴する旨規定し、追徴金額は犯罪貨物の原価に関税および内国消費税(物品税)を加算した金額であることを明言すると共に、旧関税法第八三条第四項の規定を削除した。しかるに、物品税については関税法の改正にも拘わらず、右のような改正がなされなかつたので、二重課税防止のため、告発がなされた場合は物品税を徴収せず、また物品税を徴収した場合には告発をしないという実務上の取扱がなされていたのであるが、その後、輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律第一〇条の二の規定により、内国消費税課税物品につき関税法第一一八条その他の法令の規定により没収又は追徴が行われた場合には当該物品に係る内国消費税を課さない旨定められるに至つた。
以上のような経過から考えると、旧関税法第八三条の規定が施行されていた当時においては、追徴の場合は関税および物品税を徴収するが、没収の場合は関税および物品税を徴収しないものと解釈し、また、改正後の関税法の下では、没収、追徴のいずれの場合においても、関税および物品税を徴収しないものと解釈するのが正当である。それなら、本件自動車の輸入に関し、大根進一が前記のように追徴の判決を受けたのに、なお被控訴会社に対する本件課税処分を維持することは、実質的にみて二重課税の違法を犯すものである。のみならず、控訴人は、本件課税処分に先だち、大根進一を本件自動車に係る関税および物品税の逋脱犯人として、横浜地方検察庁に告発しているのであるから、同人が追徴の判決を受けることは当然予想し得たのに、なおかつ本件課税処分をなしたものである。したがつて、本件課税処分は、この点においても違法であつて、取消を免れない
(二)、控訴人主張の(一)の事実は、本件課税処分が旧物品税法第一八条第三項の規定に基づいてなされたものである点を除き、すべて争う。被控訴会社は、本件自動車の輸入に関しては、旧物品税法第一八条第三項にいう犯人に該当しない。右第三項は同条第一項をうけた規定であり、第一項は物品税の逋脱罪に対する刑罰を定めた規定であるところからみて、第三項は刑事判決により第一項の逋脱罪が確定されたのに、その時までに逋脱税額がいまだ徴収されていないときは、直ちに未徴収税額を徴収しなければならない旨を定めたもので、刑事判決による逋脱罪の確定前に、税務官庁が逋脱罪が成立すると認めて逋脱税額を徴収できる旨を定めた規定ではない。換言すれば、同条第三項は、税務官庁の恣意的な判断によることなく、裁判所の刑事判決により逋脱犯人と確定された者に対し逋脱に係る物品税を徴収できる旨を定めた規定であると解すべきである。したがつて、本件のように、被控訴会社が刑事判決により逋脱犯人と確定されていない場合には、同法第一八条第三項の規定の働く余地はないのであるから、被控訴会社を同項の犯人として同項の規定に基づきなされた本件課税処分は、その手続を誤つたものである。
控訴指定代理人の主張。
(一)、本件課税処分は、旧物品税法第一八条第三項の規定に基づいてなされたものである。すなわち、被控訴会社の従業員である大谷恒は、ハツチンスから本件自動車を五、五〇〇ドルで他に売却することを依頼されたが、駐留軍軍人らの免税特権者に対しては右の金額で売却できる見込みはなかつたので、免税特権者の名義を借りて、あだかも免税特権者が自己の用に供するため輸入するものの如く仮装して、本件自動車を免税通関させた上、一般の日本人に売却することを企て、大根進一に相談を持ち込み、これを承諾した大根は、免税特権者としてラングホーフアー、買受人として訴外加藤盛を探し出した。そこで大谷は、大根を通じてFEC三八〇様式の輸入申告書、物品税品引取申告書など通関に必要な書類に、ラングホーフアーの署名および米軍官憲の認証を得させた上、これを税関貨物取扱人である相模運輸株式会社に送付し、情を知らない右会社をして横浜税関に右各書類を提出させ、あたかも免税特権者であるラングホーフアーが本件自動車を輸入するものの如く偽つて、関税、物品税の免除を受けて保税倉庫の富士倉庫株式会社保税上屋から本件自動車を引き取らせて被控訴会社の工場へ搬入した。大谷は被控訴会社の業務として本件自動車を保税地域から引き取り、かつその引取に当つて前記のような不正行為により本件自動車に係る関税および物品税を逋脱したのである。したがつて、旧物品税法第二二条の規定により、被控訴会社は同法第一八条第三項にいう「犯人」に該当するものであるから、控訴人が被控訴会社を逋脱犯人と認めて逋脱に係る物品税の徴収を課したのは正当である。右第三項にいう「犯人」とは、広く同条第一項の逋脱罪を犯した者をいうのであつて、必ずしも刑事判決により逋脱犯人と確定された者に限定すべきではない。同条第一項の逋脱をなした者に対しては、刑事判決の有無にかかわらず、税務官庁は逋脱犯人と認めて同条第三項の規定により、物品税を徴収し得るものと解すべきである。
(二)、大根進一が、被控訴会社主張の刑事事件において、その主張の如く金二、一五二、〇〇〇円の追徴の判決を受けたことは認める。しかし、右追徴判決があつたからといつて、本件課税処分が二重課税の違法を犯すものということはできない。その理由は次のとおりである。
(イ)、大根は、関税法第一一八条第二項の規定により、刑罰として追徴の判決を受けたものである。追徴は、国家が関税法に違反して輸入された貨物又はこれに代るべき価格が犯人の手に留まることを禁止し、もつて密輸の取締を厳に励行せんとする目的のために行われるものであつて、関税もしくは物品税の徴収を計ることを目的とするものではない。被控訴会社は、昭和三二年四月二日本件自動車を前記の如く保税地域から引き取ることにより物品税の納付義務を負つたものであるが、その引取に際し、前記のような不正行為により物品税を逋脱したので、本件課税処分が行われたものである。したがつて、本件課税処分は、純粋に租税収入確保の見地からなされたもので、前記追徴とはその目的を異にするから、その双方が行われても、なんら二重課税となるものではない。追徴と課税処分とは、各々法律の規定に基づいて行われるものであつて、その一方が行われた場合に他方を行うことを禁止する旨の規定は存しない。
(ロ)、関税法(昭和二九年法律第六一号による改正後のもの)第一一八条第二項は、追徴すべき金額として、犯罪貨物の、「犯罪が行われた時の価格」と定めており、それは当該逋脱犯罪が行われた当時における犯罪貨物の原価に関税および内国消費税を加算した国内卸売価格と解せられる。大根が受けた追徴金額二、一五二、〇〇〇円を分析すると、本件自動車の原価(CIF価格)一、〇二二、〇〇〇円、関税三五七、七〇〇円、物品税四一三、九一〇円、および適正利潤三五八、三九〇円を合算した金額とみることができる。しかし、前述した追徴の目的に照すと、右追徴金額のうち物品税額に相当する部分は、物品税そのものと解すべきではなく、追徴金額算定の基礎となる一つの数額としての意義を有するにすぎないというべきである。したがつて、大根の受けた前記追徴金額のうちには、本件自動車に係る物品税は含まれていない。
(ハ)、旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前のもの)第八三条の規定の下においては、犯罪貨物の没収がなされた場合は、関税は徴収しないが物品税はこれを徴収し、また没収に代る追徴がなされた場合は、関税および物品税を共に徴収すべきものと解されており、実務上の取扱もそのようになされていた。けだし、没収の場合に、物品税の徴収を禁止した規定はなく、旧物品税法第四条但書、第一八条第三項に該当する以上、没収の有無にかかわらず物品税は当然徴収されなければならないのに反し、一方、関税については、これを徴収する根拠規定がなかつたからである。このことは、旧関税法第八三条第四項が、「追徴をなす場合においては、その貨物の関税は犯罪当時の貨物の所有者より徴収する」旨規定していたが、没収の場合には、これに相当する規定が設けられていなかつたことからして、明らかである。昭和二九年の改正に際し、旧関税法第八三条の規定は現行関税法第一一八条のように改正され、追徴すべき金額は犯罪貨物の時価、すなわち、犯罪貨物の原価に関税、物品税および適正利潤を加えた国内卸売価格に相当する金額とせられるに至り、旧関税法第八三条第四項の規定は削除された。その結果、没収、追徴のいずれの場合においても物品税のみは徴収されるが、関税は徴収されないことになつた(しかし、被控訴会社主張のように、告発した場合には物品税を徴収せず、物品税を徴収した場合は告発しないというような取扱がなされた事実はない。)。次いで、昭和三七年四月一日に「輸入品に対する内国消費税の徴収に関する法律」について一部改正が行われ、新に第一〇条の二の規定が新設された。右第一〇条の二は、「内国消費税課税物品につき関税法第一一八条その他の法令の規定により没収又は追徴が行われた場合には、当該物品に係る内国消費税は課さない」と明定し、同法附則第一一条は、「施行日(昭和三七年四月一日)以前に改正前の輸入品に対する内国消費税の徴収に関する法律……の規定により課した、又は課すべきであつた……物品税……については、……なお従前の例による」と規定した。これらの規定からみれば、昭和三七年三月三一日以前においては、関税法第一一八条による没収、追徴が行われた場合にも、なお物品税を徴収する場合のあることを、法律自身が当然に予想しているということができる。そして、昭和三七年四月一日以降に至つて、始めて関税法第一一八条による没収、追徴が行われた場合には、物品税の賦課を行わないことになつたのである。このように、昭和三七年三月三一日以前においては、関税法第一一八条による没収または追徴のあつた場合でも、物品税を徴収することは法律上許されていたのである。
(三)、一般に、行政処分の効力は、それが行われた時を基準にして判断すべきものであつて、その後に生じた事情を考慮して適否を判断することは許されないと解すべきである。本件課税処分は昭和三五年四月一四日になされたのであるが、大根はその後である昭和三五年六月三〇日に起訴され、昭和三六年一一月二九日横浜地方裁判所で金二、一五二、〇〇〇円の追徴判決を受け、昭和三九年四月二七日第二審の東京高等裁判所で同額の追徴判決を受けたのである。したがつて、仮りに右追徴金額に本件自動車に係る物品税四一三、九一〇円が含まれていると解するにしても、右追徴判決のあつたことは、これより以前になされた本件課税処分の取消事由となすべきではない。まして前記追徴判決は大根進一に対してなされ、本件課税処分は被控訴会社に対してなされたものであつて、その主体を異にするのみならず、大根において前記追徴金額の納付をなしていないのであるから、なおさらのことである。
(四)、もし大根に対し前記追徴判決のあつたことにより、本件課税処分が取消を免れ得ないものとするならば、次のような不合理な結果が生ずる。被控訴会社は本件課税処分を受けた直後、その税額を納付したので、もし本件課税処分が取り消されるにおいては、控訴人は納付に係る税額に還付加算金を付して被控訴会社に還付しなければならない。ところが、大根進一において前記追徴金を納付していないし、また完納するという保証はないのであるから、本件自動車に係る物品税は遂にこれを徴収し得ないこととなり、租税収入の確保は期し難い。
(証拠省略)
理由
控訴人が、昭和三五年四月一四日被控訴会社に対し、納付の目的追徴昭和三四年告発第四五号と記載した納税告知書をもつて、物品税四一三、九〇〇円を賦課する旨の本件課税処分をしたこと、被控訴会社が同年五月一〇日控訴人に対し本件課税処分につき審査の請求をしたが、控訴人において同年六月八日右審査請求を棄却する旨の決定をしたこと、および本件課税処分は、被控訴会社が免税特権者でないのに、免税特権者が自己の使用に供するために輸入するもののように偽り装つて、メルセデスベンツ五六年式自動車一台の輸入許可を受け、これを輸入して引き取り、もつて右自動車に課せらるべき物品税四一三、九〇〇円を逋脱したとの理由で、物品税法第二二条、第一八条第一項第二号、同条第三項、第四条の規定に基づいてなされたものであることは、いずれも当事者間に争がない。
被控訴会社は、本件自動車を輸入し且つこれを引き取つたのは、免税特権者であるチヤーリン・オー・ラングホーフアーであつて、被控訴会社もしくはその従業員である大谷恒は、ラングホーフアーのため単にその通関手続をとつたにすぎないものであるから、被控訴会社は本件自動車に係る物品税を納付すべきいわれはなく、したがつてその逋脱をしたことはない旨主張し、これに対し、控訴人は、被控訴会社の従業員である大谷恒は、ラングホーフアーにおいて本件自動車を自己の私用に供するため輸入するものでないのに、同人を輸入名義人とする通関に必要な書類を横浜税関に提出し、あたかもラングホーフアーが本件自動車を自ら使用するため輸入するものの如く偽つた輸入申告をなし、本件自動車を通関して引き取り、もつて本件自動車に対する物品税を逋脱したもので、大谷恒は被控訴会社の業務として右のような逋脱行為をしたものであるから、被控訴会社は物品税法第二二条により同法第一八条第三項にいう犯人に該当し、同項の規定に基づき本件自動車に係る物品税の徴収を受けるべきものである旨主張するので、この点につき判断する。
被控訴会社は、外車の輸入を営業とするものであるところ、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律第六条第五号、第七条の規定により免税特権を有する米軍人エウイング・アール・ハツチンスは、昭和三一年八月一一日被控訴会社に対し本件自動車の輸入を注文し、被控訴会社との間に締結した輸入契約に基づき、自らその代金二、六〇〇ドル(西独船渡価格)を西独ダイムラー・ベンツ株式会社にあて送金したこと、ハツチンスは、本件自動車の発送後日本到達前に転勤したため本件自動車が不要となつたので、自ら又はその代理人ジヨージ・ウオルコツトを通じて同年一二月頃被控訴会社に本件自動車の転売の斡旋を依頼したこと、当時、外国人所有自動車の登録番号には、米軍人用の3Aナンバーと、一般外人用の三万台ナンバーとがあり、米軍人が日本国内でその身分を失つた後も一般外人として引き続き所有する外車については、関税および物品税を課せられることなく輸入許可を証する書面の発給を受け、これを陸運事務所に提出して3Aナンバーから三万台ナンバーに切り替えることができ、さらに右身分喪失者から外車を譲り受けた日本人が三万台ナンバーを日本ナンバーに切り替えるに当つては、輸入許可を証する書面を要しない取扱であり、本来ならば、その際に輸入があつたものとして関税、物品税が課税されるべきであるにかかわらず、特に税関に対し輸入許可を証する書面の発給を申請しない限り課税を免れることができたため、実際には、除隊の迫つた米軍人の名義を利用して免税輸入した上、その身分喪失をまつて、当時、外国為替管理法上、外貨の割当を受けられず外車を自由に輸入することができなかつた日本人に対しこれを売却し、多額の利益を得ることが行なわれていたこと、被控訴会社が税関貨物取扱人である相模運輸株式会社を通じ、昭和三二年三月一八日横浜税関に本件自動車の輸入申告をなし、同年四月二日輸入許可を受け、同日本件自動車が横浜市中区山下町二丁目四番地富士倉庫株式会社保税上屋から引き取られたこと、以上の事実は当事者間に争がない。
右の各事実に、原審証人小沢義治の証言により各その成立を認め得る乙第二号証、乙第三号証の一、二、いずれも成立に争ない乙第一号証、乙第四ないし第一一号証、乙第一五号証の一、二、乙第一六号証、甲第一ないし第九号証、甲第一七ないし第一九号証、甲第二三、第二四号証、甲第二六ないし第二八号証の各記載、原審証人大谷恒(一部)、北条成明、中島哲男、小沢義治の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
1、被控訴会社は、西独ダイムラーベンツ株式会社の日本総代理店として同会社の製造に係るベンツ乗用車、トラクターおよびその補修部品などの輸入、販売、修理を営業としていたものであるところ、駐留米空軍大尉であつた前記エウイング・ハツチンス(Ewing R. Hutchins)は昭和三一年八月一一日被控訴会社に対し本件自動車(一九五六年式、四ドア、二二〇S型、機関番号一八〇九二四五〇八八三一、シヤーシー番号一八〇〇一〇六五一一一九九)の輸入を注文し、被控訴会社との間に、
(イ)、代金は三、二〇五ドル(被控訴会社店頭渡し)
(ロ)、代金のうち、五〇〇ドルは契約後一両日中に、二、一〇〇ドルは船積前に、いずれも注文者から直接ダイムラーベンツ株式会社あてに送金して支払うこと。
(ハ)、残額六〇五ドル(日本円で金二一七、八〇〇円)は、海上運賃、海上保険料および被控訴会社の手数料として、本件自動車の引渡と同時に支払うこと。
(ニ)、ハツチンスは、右のほか、本件自動車の陸揚費用および通開手数料として、(ハ)の金額と同時に金三〇、〇〇〇円を被控訴会社に支払うこと。
などの条項を内容とする輸入契約を締結し、二回に亘り合計二、六〇〇ドルをダイムラーベンツ株式会社に送金した。一方、被控訴会社は右契約に基づき、ダイムラーベンツ株式会社に本件自動車の送荷を注文したが、予定よりかなり遅れて本件自動車は昭和三一年一二月六日ロツテルダム港出航のダカス丸に船積され、昭和三二年二月一七日横浜港に到着し、陸揚げの後、前記富士倉庫株式会社の保税倉庫に蔵置された。
2、しかるところ、ハツチンスは、ダガス丸が出航後その日本到着前に、ハワイに転任を命ぜられ、本件自動車を必要としなくなつたので、昭和三一年一二月中旬頃被控訴会社の従業員である大谷恒に対し、本件自動車を五、五〇〇ドル(一九八万円)で他に転売することを依頼して間もなくハワイに赴いた。ハツチンスは、その後臨時勤務で昭和三二年二月初め頃再び来日し、同月末頃まで日本に滞在したが、その間、同月一二日頃、駐留米空軍一等中尉ジヨージ・ウオルコツト(George Walcott)に本件自動車の転売に関する一切の事項を委任し、同月二六日頃同中尉を伴つて被控訴会社に赴き、大谷に対し再度本件自動車の転売を依頼すると共に、本件自動車の転売については、爾後ウオルコツトに一切の代理権限を与えた旨説明した。
3、大谷は、被控訴会社の販売業務係として昭和二九年一一月頃から外車の輸入についての注文契約ならびにその輸入手続などの業務を担当していた関係から、当時いわゆる免税特権を有する米軍人、軍属らは前記特例法により関税、物品税を課せられずに自由に外車を輸入できたため、本件自動車をこれら免税特権を有する米軍人らに五、五〇〇ドルで転売することは殆んど不可能であること、および当時外貨割当の関係から一般の日本人は容易に外車の輸入ができないため、除隊の迫つた米軍人らの名義を借りて輸入した上、その身分喪失をまつて一般の日本人に譲渡するとか、或いは米軍人らの名義を借りて輸入し、次いで身分を失つた元米軍人らの名義を借りてこれらの者の所有名義に変更した上、これらの者から一般の日本人に譲渡するなどの方法が行われており、かつこのような方法で輸入された本件自動車と同年式ベンツ乗用車は、当時五、五〇〇ドル以上の仲間相場で、いわゆる闇取引されていることを知つていた。そこで、ハツチンスから転売の依頼を受けるや、即座にこれを承諾し、本件自動車を前記のような方法で通関して日本人に転売することに決し、昭和三一年一二月中旬頃、かねてから右のような方法で通関された外車などの取引のブローカーをしていた大根進一に本件自動車の転売を相談した。大根は間もなく同業者である訴外加藤盛に対し、本件自動車を将来日本ナンバーに登録替えして引き渡す条件で代金三九五万円を以て売り渡すことを約し、昭和三二年二月末頃大谷から本件自動車の送り状(甲第八号証)と船荷証券の交付を受けるのと引き換えに、大谷に対し手金として金三六万円を渡した。右金三六万円は、大谷から当時前記の如く臨時勤務で来日していたハツチンスに本件自動車の転売代金の内金として交付された。
4、大根は同年三月初め頃、同業者の訴外大崎多知郎に対し、本件自動車を通関するために仮の輸入名義人になつてくれる免税特権者である米軍人、軍属を探すよう依頼し、名義を貸してくれる米軍人らに支払うべき名義料を含めて謝礼として金三〇万円位を支払う旨約した。大崎は訴外中島省吾(当時ニユージヤパンモーターに勤務)に対し同様の依頼をなし、名義料を含めた謝礼として金一八万円を支払うことを約した。中島は、横須賀基地シツプストア勤務の米軍人マツクス・ウエイスラー(Max Weissler)およびジヤツク・マーチン(Jack Martin)を介して米軍属チヤーリーン・オー・ラングホーフアー(Charleen O. Langhofer)に本件自動車の輸入名義人になつて貰うことに成功した。ラングホーフアーは、マーチンの指示どおり、本件自動車の通関に必要なFEC三八〇様式(Far East Command Form No.380)の略、米軍人らが免税輸入する場合の輸入申告書)、物品税品引取申告書などの書類に署名した上、米軍憲兵隊に本件自動車の輸入申告をなし、右各書類に米軍官憲の認証を受け、これらの書類は、中島、大崎を通じて大根に交付された。同年三月中旬頃被控訴会社において、大根は前記各書類と共に残金一六二万円を大谷に交付し、大谷は同席のウオルコツトに対し、米軍官憲の認証のある本件自動車の譲渡証(甲第七号証)と引き換えに右金一六二万円を支払い、ウオルコツトは前記(ハ)および(ニ)の合計金二四七、八〇〇円を被控訴会社に支払つた。なお、その際、大根から大谷に対し手数料として金五〇、〇〇〇円が交付され、大谷は、そのうち金三〇、〇〇〇万円を被控訴会社に入金した。
5、大谷は、前記FEC三八〇様式申告書などの書類を税関貨物取扱人である相模運輸株式会社に郵送し、同会社を通じて同月一八日右各書類を横浜税関に提出してラングホーフアー名義で本件自動車の輸入申告をなし、前記の如く同年四月二日輸入許可を受け、前記富士倉庫株式会社保税上屋から本件外車を引き取り、被控訴会社の工場に搬入して新車整備をなした上、これを大根に引き渡した。大谷は、前記FEC三八〇様式申告書などの書類に本件自動車の輸入名義人として署名をなしたラングホーフアーは、大根らから頼まれて単に名義を貸しているにすぎないものであつて、同人自らこれを輸入する意思はなく、また同人もしくはその家族において使用するものでないことも十二分に知つていた。しかし、このようにラングホーフアーの名義を借りなければ、本件自動車を通関することができないため、敢えてこれらの書類を前記の如く横浜税関に提出し、あたかもラングホーフアーが自己もしくはその家族の私用に供するため輸入するものであるかの如く偽り装つた輸入申告をなし、同税関係員らをしてその旨誤信せしめてラングホーフアーを輸入名義人として本件自動車を免税通関せしめた。大谷は、被控訴会社の業務として、右の行為を行つた。
6、ラングホーフアーは、当時米軍横須賀基地に勤務していた下級の女軍属であつて、本件自動車を自己もしくはその家族の私用に供するため輸入する意思などは全くなく、ジヤツク・マーチンから本件自動車の輸入名義人となることを求められるや、そのようなことは非合法なことではないかと疑い、承諾を逡巡した。しかし、マーチンから、合法であつて、かつ車の代金などは他の者が調達し少しも迷惑はかからないし、とにかく名義を貸すだけで二〇〇ドルもしくはそれ以上の金が貰える旨説得されたため、これを容れ、本件自動車の輸入名義人として名義を貸すことを承諾し、マーチンの指示に従い、前記の如くFEC三八〇様式申告書など本件自動車の輸入に必要な書類に署名し、米軍憲兵隊に輸入申告を行つて右各書類に米軍官憲の認証を受けた。ラングホーフアーは名義を貸した謝礼として、その頃マーチンから金三六、〇〇〇円の交付を受けた。
7、大根は、本件自動車を引き取つた後、ラングホーフアー名義で三Aナンバーに登録しようと考えたが、同人において急に沖縄に転勤したため、これを果すことができなかつたので、人を介して青森県三沢基地を近く除隊予定の米軍人シユモイヤーの名義を借りて青森県陸運事務所で本件自動車を三Aナンバーに登録し、さらに同人の除隊をまつて同人名義で三万台ナンバーに登録替えしようとしたけれども、同人が強制送還になつたため、失敗に帰した。そこで種々画策の末、昭和三二年一二月頃他のベンツの廃車ナンバーとすりかえ、日本ナンバーに登録した。
8、本件自動車は、普通乗用自動車で、物品税法(昭和三一年法律第一四三号による改正後のもの)第一条第一項第二種丙類第二八号に該当するものであるが、本件自動車に係る物品税はいまだ納付されていない。
原審証人大谷恒の証言中、右認定の趣旨に反する部分は措信し難く、その他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
右の認定事実によれば、本件自動車は、物品税法(昭和三一年法律第一四三号による改正後のもの)第一条第一項第二種丙類第二八号に規定する普通乗用自動車に該当するものであるところ、被控訴会社の従業員であつた大谷恒は、米軍人エウイング・ハツチンスから本件自動車の転売の依頼を受けるや、これを一般の日本人に転売するため大根進一と謀つて、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律第六条第五号、第七条の規定により関税および物品税の免除を受け得る特権を有する米軍人、軍属らの名義を借りて免税の上輸入通関せんことを企て、本件自動車を輸入する意思の全然ない米軍属チヤーリーン・オー・ラングホーフアーが、大根らの画策により、単に輸入名義を貸すことを承諾して署名し、かつ米官憲の認証を受けた書類であることを知りながら、同軍属を輸入名義人とするFEC三八〇様式申告書などの書類を横浜税関に提出し、あたかもラングホーフアーが自己もしくはその家族の私用に供するため輸入するもののように偽つて、同軍属名義で本件自動車の免税輸入申告を行い、同税関係員らをその旨誤信せしめて、昭和三二年四月二日同税関より免税輸入許可を受けた上、同日富士倉庫株式会社保税上屋から本件自動車を引き取り、被控訴会社の工場に搬入したものであることが明らかである。したがつて、大谷恒は、物品税法(昭和三一年法律第一四三号による改正後のもの)第一八条第一項第二号にいう、「詐欺其の他不正の行為を以て物品税を逋脱した者」に該るものというべく、同人は前記認定の如く被控訴会社の業務に関し右の如き逋脱行為を行なつたのであるから、同法第二二条の規定により、被控訴会社もまた同法第一八条第一項所定の罰金刑を科せらるべき立場にあつたものである。それ故、被控訴会社は、同法第一八条第三項にいう「犯人」に該当し、同項の規定に基づき本件自動車についての逋脱に係る物品税の徴収を受けることを免れ得ないものと解するのが相当である。
被控訴会社は、本件自動車に係る物品税は、前記特例法第一二条の規定により、免税特権を有しない日本人が免税特権者から譲り受けた際に、始めて納付すべき義務が生ずるのであるから、本件自動車が保税地域から引き取られた時点においては、いまだ物品税の逋脱があつたものということはできない旨主張する。前記特例法第一二条第一項、第三項の規定によれば、被控訴会社主張の如く、同法第六条第五号、第七条の規定により、米軍人、軍属らの免税特権者が自己もしくはその家族の私用に供するため免税輸入した自動車を、これらの特権を有しない者が日本国内で譲り受けるときは、右譲受を輸入とみなし、物品税法第一〇条の規定の適用については、右の譲受を保税地域よりの引取とみなし、その際物品税を納付すべきものとされている。しかし、本件自動車は、前記認定の如く、免税特権を有するものが自己もしくはその家族の私用に供するため、前記特例法第六条第五号、第七条の規定に基づき、正規に免税輸入をしたものではなく、大谷恒が免税特権を有するラングホーフアーの名義を利用して不正な手段で免税輸入の許可を受け、保税地域から引き取つたものに係るのであるから、本件自動車が保税地域から引き取られた時に、物品税の逋脱があつたものと解するのが相当である。被控訴会社の右主張は採用できない。
被控訴会社は、前記物品税法第二二条の規定により同法第一八条第一項の罰金刑の処罰を受ける法人は、同法第一八条第三項にいう「犯人」には該当しないと解すべきであり、仮りに同項の「犯人」には同法第二二条に規定する法人をも含むものと解するにしても、同法第一八条第三項は、裁判所の刑事判決により逋脱犯人と確定されたものに対してのみ、税務官署において逋脱税額の徴収をなし得る旨を定めた規定であり、刑事判決による逋脱罪の確定前に税務官署がその裁量により逋脱罪が成立するものと認めて逋脱税額の徴収をなすことは許されないものと解すべきところ、被控訴会社は本件自動車に係る物品税に関し、まだ刑事判決により逋脱犯人と確定されていないのであるから、控訴人は被控訴会社に対し本件自動車に係る逋脱物品税の徴収をなすことはできない旨主張する。按ずるに、物品税法(昭和三一年法律第一四三号による改正後のもの)第一八条第三項にいう「犯人」には、逋脱をした行為者のみならず、いわゆる両罰規定である同法第二二条の規定の適用を受くべき法人をも含むものと解すべく、またその「犯人」とは、必ずしも刑事裁判によつて逋脱犯人と確定された者に限定すべきではなく、広く同法第一八条第一項に規定する逋脱行為をなしたもの、および同法第二二条の規定の適用により同法第一八条第一項所定の罰金刑に処せられるべき法人をいうものと解すべきである。この解釈は逋脱物品税を徴収不能に終らせることなく、できるだけ徴収しようとするために、二重の徴収はできないが、課税処分のみは刑事裁判から独立して行政措置として数人になし得ることを特に規定した法律の精神に合するばかりではなく、被告人という字句を避けて、「犯人」という字句を用いている条文の解釈にも合するものであるというべきである。それ故、同法第一八条第三項は税務官署は国税犯則取締法その他の法律の定めるところにより搜査を遂げた結果、同条第一項の逋脱行為が行なわれたと認めるときは、その行為者および両罰規定の適用を受くべき法人に対し、それらの者に対する刑事裁判の確定を待つことなく、直に逋脱に係る税額の徴収をなし得る旨を定めたものと解するのが相当である。成立に争のない乙第一四号証の記載によれば、被控訴会社は、本件自動車についての物品税逋脱の嫌疑により、昭和三四年一一月二六日付で控訴人から東京地方検察庁に対し告発されていることが明らかである。前記認定の如く、被控訴会社は本件自動車に関する物品税の逋脱につき、両罰規定の適用を受くべきもので、物品税法第一八条第三項にいう犯人に該当するのであるから、控訴人は、同項の規定に基づき、被控訴会社に対し本件自動車に係る逋脱物品税の徴収をなし得るものというべきである。被控訴会社の右主張は採用できない。
被控訴会社は、大根進一は同人に対する関税法および物品税法違反事件につき、本件自動車の没収に代え、金二、一五二、〇〇〇円の追徴判決をうけたところ、右追徴金額には本件自動車に対する物品税四一三、九一〇円が含まれている故、本件課税処分を維持することは、事実上、同一物件につき二重の物品税を課す結果となるから、本件課税処分は違法であつて取消を免れ得ない旨主張する。大根進一が被控訴会社主張の刑事被告事件(第一審横浜地方裁判所昭和三五年(わ)第九八五号、第二審東京高等裁判所昭和三六年(う)第二、六六三号)につき、本件自動車の没収に代え、金二、一五二、〇〇〇円の追徴判決を受けたこと、および本件自動車に課せられるべき物品税の額が金四一三、九一〇円であることは、いずれも当事者間に争がなく、いずれも原本の存在並びにその成立につき争のない乙第一七、第一八号証の各記載によれば、右被告事件の公訴事実は、大根進一は大谷恒と共謀の上昭和三二年三月一八日横浜税関係員に対し、ラングホーフアーが自己の用に供するため輸入する旨偽つた同人名義の本件自動車の免税輸入申告書を提出して、同年四月二日その許可を受け、同日富士倉庫株式会社保税上屋から本件自動車を引き取り、もつて不正の行為により本件自動車に対する関税三五七、七〇〇円および物品税四一三、九一〇円を免れたというものであること、および大根進一は右被告事件につき、第一審の横浜地方裁判所において昭和三六年一一月二九日に、第二審の東京高等裁判所において昭和三九年四月二七日に、それぞれ、本件自動車の没収ができないとの理由で前記金額の追徴の言渡(第二審は、第一審の懲役刑に執行猶予をつけたため、第一審判決を破棄し、改めて追徴を言い渡した)を受けたことが明らかである。
ところで、旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前のもの)第八三条第三項は、追徴の場合は、犯罪貨物の「原価」に相当する金額を追徴する旨、同条第四項は、追徴をなす場合には、犯罪貨物に対する関税は、犯則当時の貨物の所有者より徴収する旨、それぞれ規定していたが、同法には、没収の場合に関税の徴収をなし得る旨の規定は存しなかつた。右のように、追徴の場合は関税を徴収し、没収の場合にはこれを徴収しないものとしたのは、追徴の場合は前記の如く犯罪貨物の原価に相当する金額のみが追徴されるため、更めて関税を徴収する必要(そうしないと、犯罪貨物に係る関税および物品税の額に相当する金額を犯人の手に留めしめることになる)があつたのに反し、没収の場合は、国が犯罪貨物を公売し、その公売価格は、その貨物の原価に関税および内国消費税を含んだ国内卸売価格とみるべきであるから、別途に関税を徴収する必要がなかつたためと考えられる。しかるに、前記法律第六一号により改正された新関税法第一一八条第二項は、犯罪が行われた時の犯罪貨物の価格に相当する金額を追徴する旨規定し、追徴すべき金額は、犯罪貨物の原価に関税および内国消費税を含んだ国内卸売価格に相当する金額であることを明らかにすると共に、旧関税法第八三条第四項の規定を削除した。一方、物品税法は、昭和三七年法律第四八号により改正されるまでは、その第一八条において、詐偽その他不正の行為により物品税の逋脱がなされたときは、その犯人から直に物品税を徴収する旨を規定していた。以上のような関税法の改正に関する経過から考えると、犯則に係る輸入貨物に関しては、旧関税法施行当時においては、没収がなされた場合には、関税および物品税は徴収できず、追徴の場合には関税および物品税を徴収し得たけれども、昭和二九年法律第六一号により改正された新関税法施行後においては、没収、追徴のいずれの場合にも、関税および物品税を別途徴収することは禁止せられるに至つたものと解するのが相当である。けだし、旧関税法の下では、追徴は犯罪貨物の原価に相当する金額によるべきものとせられていたのに、新関税法の下では、追徴金額は関税および内国消費税を含んだ国内卸売価格に相当する金額によるべきものと変更された以上、追徴のほか更に犯則に係る輸入貨物に対する関税および物品税を徴収することは犯則者に対し実質的に二重の租税を負担せしめる結果になるからである。新関税法が前記の如く旧関税法第八三条第四項の規定を削除し、また輸入品に対する内国消費税の徴収に関する法律(昭和三七年法律第四八号による改正後のもの)第一〇条の二が、内国消費税課税物品につき関税法第一一八条その他の法令の規定により没収又は追徴が行われた場合には、当該物品に係る内国消費税は課さない旨規定するに至つたのも、以上の理由によるものと思われる。右に反する控訴人の見解は採ることができない。したがつて、本件自動車が前記の如く保税地域から引き取られた当時においては、犯人の一人に対し本件自動車の価格に相当する金額の追徴判決がなされ、かつこれに基づき追徴金額が完納せられた場合には、当該犯人およびその他の犯人に対し別途に本件自動車に係る物品税を徴収することは許されず、またその反対に、犯人の一人から既に物品税の納付がなされた場合は、当該犯人その他の犯人に対する追徴金額に本件自動車に係る物品税相当額を加算することはできなかつたものというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定の事実からすれば、本件自動車に係る関税および物品税の逋脱に関しては、大根進一は、大谷恒と共犯の関係にあつたものと認めて差支えがなく、大谷恒および被控訴会社とともに、いずれも当時施行の関税法第一一八条第二項および物品税法第一八条第三項にいう犯人に該当するものであるから、その一人である大根進一において、本件課税処分に先だち追徴の判決を受け、その追徴金額を完納していたとすれば、右追徴金額には前示の如く本件自動車に係る物品税相当額が含まれているのであるから、二重追徴を避けるために、被控訴会社に対しては、もはや更めて物品税を課し得ない関係にあつたものということができる。しかし、本件課税処分がなされた当時においては、いまだ大根進一に対し追徴の判決がなされていなかつたのみならず、前記犯人のだれからも本件自動車に係る物品税が現実に納付されていなかつたのであるから(被控訴会社は、本件自動車は既に没収されていたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない)、いずれにしても本件課税処分は、二重課税の違法を犯すものということはできない。もつとも、控訴人は、昭和三四年一一月二六日付告発書に基づき、大根進一を本件自動車に係る関税法および物品税法違反の犯人として、東京地方検察庁に告発をしていることは、成立に争のない乙第一四号証の記載により明らかであるから、被控訴会社主張の如く、控訴人は本件課税処分をなす当時、大根進一において将来追徴の判決を受ける可能性のあることを知つていたものと認められるが、本件課税処分が前記の如き事情の下においてなされたものである以上、控訴人において右の如き予見をしていたからといつて、これをもつて本件課税処分を取り消すべき事由に該ると解することは相当ではない。成立に争のない甲第一〇号証の記載によれば、被控訴会社は、本件課税処分に基づき昭和三五年五月四日本件自動車に係る物品税のうち金四一三、九〇〇円を国に納付したことが明らかであるから、この事実に関する資料が前記刑事事件に現われていたならば、大根進一に対する前記追徴の判決において、右納付に係る金額を差し引いた金額の追徴を命じなければならない筋合であつたにすぎないというべきである。したがつて、国としては、同一物件につき実質上二重に物品税を徴収するような結果の生ずることを避けるため、大根進一に対し前記追徴金額の納付の執行をなすに当り、被控訴会社において既に納付した前記金額を控除して執行をなすべき措置を採るのが当然ではあるが、本件課税処分が、その後になされた大根進一に対する前記追徴判決により(なお、大根進一において追徴金額を完納したことを認めるに足る証拠はない)、二重課税の違法性を帯びるに至るとなすべきいわれはないといわなければならない。被控訴会社の右主張は採用できない。
次に、被控訴会社は、本件納税告知書には、納付の目的として追徴昭和三四年告発第四五号と記載されているのみで、そのほかには、理由らしきものの記載がなく、右の記載が課税の理由であるとしても、被控訴会社は告発されたことがないから、虚偽の理由の記載というべく、したがつて、右の如き納税告知書に基づく本件課税処分は違法であつて取消を免れない旨主張する。本件納税告知書には、納付の目的追徴昭和三四年告発第四五号と記載されているが、右のほか課税の理由についてなんらの記載がなされていないことは、当事者間に争がない。ところで被控訴会社は、前記のとおり物品税法第一八条第三項の犯人として、本件自動車に係る物品税を納付すべき義務を有するものであるが、本件自動車の輸入について同法第八条第二項の規定に基づく課税標準額の申告がなされなかつたのであるから、物品税法施行規則第三九条の規定により税務署に属する事務を取り扱う控訴人は、同法第八条第三項の規定に基づき、課税標準額を決定して本件自動車に係る物品税の徴収をなすことになる。その徴収の手続については、物品税法に特別の定めがないから国税徴収法の定めるところによるべきところ、当時の国税徴収法第四二条、同法施行令第一五条の各規定によれば、国税を徴収しようとするときは、納税者に対し納付すべき国税の年度及び税目、納付すべき金額、納期限、納付場所などを記載した納税告知書をもつて納税の告知をしなければならない旨定められていたが、納税告知書に、右の記載事項のほか、課税(徴収)の理由をも記載しなければならない旨を定めた規定は存しない。したがつて、納税告知書には課税(徴収)の理由を附記することを要しないものと解すべきであるから、本件納税告知書に課税(徴収)の理由の記載がなかつたことの一事をもつて、本件課税処分を取り消すべき事由に該るとなすことはできない。また本件納税告知書になされた納付の目的追徴昭和三四年告発第四五号なる記載は、本件納税告知書に表示された物品税四一三、九〇〇円が、昭和三四年告発第四五号をもつて告発された事件に関する物件に係る追徴のものであることを表示したものと解せられるが、成立に争のない乙第一二号証、乙第一四号証の各記載によれば、控訴人は、昭和三四年一一月二六日付昭和三四年告発第四五号告発書に基づき、被控訴会社を本件自動車に係る関税法および物品税法違反の嫌疑者として、東京地方検察庁に告発し、右事件は翌日同検察庁において受理されたことが明らかであるから、本件納税告知書になされた前記の記載は、虚偽の事項を記載したものということはできない。被控訴会社の右主張も採用の限りでない。
それなら、本件課税処分には、被控訴会社主張の如き取消の事由となすべき瑕疵は存しないから、そのような瑕疵のあることを理由として本件課税処分の取消を求める被控訴会社の本件請求は、失当にして棄却すべきである。
よつて、右と結論を異にし、被控訴会社の請求を認容した原判決は失当であるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村松俊夫 兼築義春 吉野衛)